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僕だって他力本願に生きたい

大学生ゲイの諸行無常な日々

友情恋愛

友情恋愛なんて,成り立つんだろうかと思って検索したら,そもそも言葉がヒットしない.友情と恋愛は別物である,という記事がトップに表示されただけである.どうやら一般的な言葉ではなかったようだ.

友情恋愛という言葉がどこから生じてきたかというと,僕と相方との関係が少し変わっていて,それを上手く言い表す表現を探していた.以前に書いたが,僕はノンセクシュアルの傾向があり,性的な事にそもそも意識が向かない.そのためか,恋愛と性行為を切り離して考えることに抵抗がない.

だから,浮気をされようと,自分がしようと,だから何だ,くらいの姿勢なのである.ゲイ同士の恋愛においては,浮気公認での交際は珍しくはないので,これ自体は人によりけりである.相方に伝えると,不思議な顔をされはしたが,別段悪い話ではない,ということになって落ち着いている.

 

僕が恋愛と性行為を切り離す傾向にあるのは,これに加えて,過去の出来事が影響している.僕は今の相方と出会う前,五年ほど,ある女性と交際していた.彼女は僕がゲイであることを途中から知り,それでも構わないと一緒にいてくれた奇特な人であった.しかし,色々なことが起こって,結局別れることになった.

僕はバイセクシュアルではないので,彼女との関係はあくまで特別な親友のような感覚だった.それでも互いに特別であることは変わりなく,老夫婦はこういう感覚なのだろうとよく言っていたものだ.しかし彼女もまた淡白な人だったから,何とか成り立っていたのだと思われる.他の女性であったなら早々に愛想を尽かされていただろう.

さて,彼女との長期にわたる友情恋愛関係が染み付いた結果,僕の中で恋愛とは性行為がなくても成り立つものだという感覚が根付いてしまっている.その感覚を引き継いだまま,また,自分の性的指向のために彼女との関係が崩壊してしまった罪悪感や自己嫌悪を抱えたまま,僕は現在の相方に出会った.

 

僕と相方は交際して約半年になる.しかし,僕と彼との関係性は,昔の彼女とのそれに近い.そればかりか,僕は別に相方に恋愛感情を抱いていない.ただ,気が合うから,くらいの感覚である.これはまた別軸の話であるが,僕は以前に自分の恋愛感情に振り回されて散々な目にあったので(それは彼女と別れる直接的原因にもなった),次に付き合える人ができたら恋愛感情とは独立した交際にしたいと考えていた.

だから,僕と彼の関係は,現時点では友情と区別できない.しかしそれはあくまで最初の話であって,これから僕は,純粋に人として彼を好きになっていきたいと思っている.一時的な気持ちの高揚に影響されることなく,いわば最も冷めた状態から出発して,愛着だけを時間に比例して深めていきたい.そして幸運なことに,彼は僕のこの願いを肯定してくれた.

 

性的要素を含まない恋愛の次に,恋愛感情を含まない恋愛をしている.もはや「恋愛」と呼ぶべきではないのかもしれない.薄々,トラウマを乗り越えられていないだけの,情けない状態だと自覚している.しかし,世の中のどれだけのカップルが,束の間の恋愛衝動を超越し末永く関係を続けられるだろう.

気持ちが冷めてしまった関係は,残酷なものだ.ゲイカップルは,互いを縛る術がない.結婚も,子供も,専業主婦のような経済的依存状態も,良くも悪くも関係を続けさせるものがない.気持ちが冷めたらオシマイである.だからこそ,誰かと末永く一緒に歩むためには,少しトリッキーなことをやるのも手だろうと自己弁護している.

 

一人で自由にやって,友達に囲まれていれば幸せだという意見もあるが,僕は誰かにとって特別でありたいし,特別な誰かがいてほしい.そのためには,いわゆる運命の人を見つけなければいけないのだろうか.あるいは,どこまでも理性的に,誰かと家族に近い関係を築く努力をすることで,実現できはしないだろうか.

きっと人間は,同性愛者かどうかとは関係なく,人生のある時期を境に,誰かと一緒に生きていくのか,一人で生きていくのか,選ぶ瞬間が来るのだろう.その時期をズルズルと引き伸ばすことはできる.それでも,どちらかを選ぶことでしか開かれない可能性もまた無限に広がっていて,軽々しく好きだ嫌いだ愛しているなどと言う相手を探している間は,そういう段階にはまだ早いのかもしれない.■