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僕だって他力本願に生きたい

大学生ゲイの諸行無常な日々

死ぬ時は味方

先日,祖父が死んだ.母方の祖父である.父方の祖父は僕が高校生の時に死んだ.だから,もうお祖父ちゃんと呼ぶべき人はいない.

他界する一週間前に,母から電話が来た.容態が急変して,今夜かもしれないとのことだった.翌日に大学を休んで,数日間帰省することにした.高速バスと電車を乗り継いで,入院先の市民病院へ向かった. 

僕はこれまで,身内の見舞いをした経験はなかったから,少し勝手が分からなかった.ドラマやアニメではよくある光景なのに,いざ自分が祖父の名前が掲げられた病室のドアを開け,疲れをにじませて看病する祖母と目が合ったときには,全然現実感がなかった. 

手を握ってあげなさいと言われて,声をかけてあげてと言われて,そうしてみたものの,それくらいのことしかできない.これまで何も関与してこなかったし,ただ病名と死期だけを知っていただけだ.それなのに,わざわざ帰省してくれてありがとうね,と何度も言われてしまった.

 

今回のことについては,孫であるという以外に,僕は何の当事者でもない.不治の病を申告されたわけでもなければ,生活に変化を強いられた側でも,入院と看病に心を傷めた立場でもない.ただの見舞客にしかなれない,そういう居心地の悪さを僕は感じていた.

気を遣わせる一方になる.それなのに僕は,連日付きっきりで看病する祖母の苦労を,病と闘ってきた祖父の辛さを,漠然と想像することしかできなかった.何を言えばいいのか,まるで自信が持てなかった.

まだ幼い従兄弟達を連れて,叔父一家が見舞いに来ていた.末の女の子には,病や死のことはまだ分からない.祖父に会えたことを,単純に喜んで跳ね回っていた.映画のワンシーンみたいだな,と思った.

 

僕はほどなく下宿に戻った.それから祖父の容態は一時小康状態が続いていたそうだが,一週間ほど経ってついに訃報が来た.「今日の夕方に,息を引き取ったの」という電話越しの母の声は,思いの外落ち着いていた.

僕には祖父の記憶はあまりない.母の実家は車で一時間ほどかかる場所にあるから普段は会えなかった.しかし,僕が生まれて間もない頃はよく祖父母に預けられていた.小学校くらいまでは,夏休みに泊りがけで遊びに行くことも多かった.しかし,当時の記憶を手繰ってみても,浮かんでくるのは祖母の姿ばかりだ.

おやつを出してくれるのも,一緒にテレビを見てくれたのも,スーパーに散歩に連れて行ってくれたのも,祖母だった.では,祖父はどこにいたのだろう? 訃報を受けた日の夜,ベッドに寝て薄暗い天井を見つめながら考えていた.

 

そうしたら,次々に浮かんできた映像があった.公園で無邪気に遊ぶ僕とその相手をする祖母を,少し離れたベンチに座って笑顔で見ている祖父.初孫の僕を嬉しそうに抱いて,何度も微笑む祖父.大学合格を心からお祝いしてくれた祖父.病室で僕が手を握った時に,ほとんど開かなくなった目を懸命に見開いて,僕の顔を見ようとしていた祖父.

そこにいてくれたんだな,と思った.僕が気づかなかっただけで,いつも背中を見てくれていた.僕のことを全肯定して,無条件に味方をしてくれていた.そういう人が,僕の人生から一人,いなくなったのだ.

祖父は大勢の家族や孫を愛して,愛されて,そういう日々を最後まできちんと生きた人だったから,きっと僕にも同じような幸せを願っていてくれたんだろう.いまさら感謝しようもないけれど,僕が僕なりに幸せな人生を送ることができれば,それが恩返しになるのだろうと思った.

 

僕は同性愛者だから,子供も孫も,できない可能性が高い.そういう幸せには,手が届かないのかもしれない.それでも死ぬ時は,誰かの味方になっていたい.■