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僕だって他力本願に生きたい

大学生ゲイの諸行無常な日々

あの日 -終篇-

同じ場所にいるわけにもいかず,いや正確には居続けることに耐えられなかったために,僕は潜っていくことになった.これまで避けて,あるいは諦めてきたことを,停滞していた時間を取り戻したくなったのである.同時に,自暴自棄で大胆になってもいた.こうして,僕はしばらく自分の好奇心や成り行きに身を任せてみた.

現状を変えたいという気持ちの背景には,自分の無知に加えて,彼への失恋も大きな影響を与えていた.それからも彼とは毎日顔を合わせなければならなかった.約半年にわたり,僕は自分の気持ちのやり場に苦しんだ.いよいよどうしようもなくなったので,僕は初めて,ゲイバーに通ったりアプリで友達を作ったりすることを試みた.それらは一定の功を奏したが,同時に彼女との関係の終わりを意味していた.

彼女との交際を終えた時は,何もかも正直に伝えた.ここには書けないことも多くあるが,いずれも共通してひどく彼女を傷つけたことに間違いない.そんな彼女の気持ちを十分に推し量れないほど,僕は目の前に開けた新たな可能性に心が踊ってさえいた.知らなかった世界を存分に楽しむために,ただ一時的に自由になりたくて,彼女がいるという後ろめたさを切り捨てた僕には,長く終わりの見えない後悔が口を開けて待っていた.

 

結果どうだろうか.事の発端からわずか一年足らずで様変わりした価値観と状況を持て余し,通ってきた跡を振り返れば,これまで大事にしてきたもの,大事だと信じて疑わなかったものの形骸が,無残に転がっている.それは親の純情な期待だったり,彼女の傷ついた眼差しだったり,毎朝鏡に映る蔑むような自分の顔だったりする.

楽しかったのはせいぜい,最初の数ヶ月くらいだったろう.手に届くところにあるものをあらかた見て回った僕には,罪悪感や自己嫌悪しか残らなかった.別段珍しくない話だ.誰だってそれなりに失敗して後悔してそうやって次に進むのだ.そんなことは分かっている.むしろこの程度のことを大げさに悩み,引きずる自分が嫌いでたまらず,気分は一層落ち込んでいく.

 

僕が初めて知り合った同性愛者であり,初めて好きになった彼とのその後も,残念な結末を迎えることになった.悔やんでも悔やみきれないことが,淡々と上乗せされてゆくのを,僕はただ眺めるだけだった.せめて彼とは親友になりたかったが,自分のことも覚束ない僕には,彼に気を遣わせるような空回りばかりだった.数カ月後,彼は家庭の事情により,大学から静かに籍を消した.

彼に連絡する術はもうないし,彼から連絡が来ることもない.僕はといえば,未だに自分が悲劇の主人公のような顔をして,かつて彼がよく座っていた教室の席を時折一瞥しては,ああでもないこうでもないと愚にもつかない思索に耽っている.そして今日も彼女と他人同士に戻ってしまった後悔に苛まれている.

 

僕は時々ひどい虚無感に襲われる.自分の代わりに,誰かに自分を肯定してもらいたいと心の底から願って,責任と因果を放り出したくなる.気が付くと僕はノンセクシュアルに近い状態になっていた.でもいわゆるホモフォビアではない.僕が憎んで嫌っているのは自分である.一時的であっても感情や本能に従って決断してしまった,自分を愛してくれていた人よりも性的指向を優先してしまった,救いようのない愚かな自分.

それでも,決断したからこそ知りえたことがあったと言われるかもしれない.ゲイであることを受け入れたからこその幸せもあると.違う.そんなことはどうでもいい.そんな話には何の意味もない.これは僕の人間としての問題である.僕にとっては,ゲイであったことはただの付随要素でしかなかった.その付随要素による撹乱を,結果を論理的に想定できていたにも関わらず,僕の理性は止めることができなかった.

正直,僕は考え過ぎるのだ.自分の中で,全てに対し完全に納得したいと望み過ぎるのである.自分を肯定しなければ,次には進めない.しかし,現在を肯定してしまえば,元には戻れず,過去を否定することに,完全に切り捨ててしまうことになる.そうして同じところをぐるぐると廻り続けながら,僕はただ,愚劣な自分を恨んでいる.同じ轍を再び踏むことを恐れるあまり,僕の両足は竦んだままだ.■